前回の続きです。
○強すぎたレイカーズ
あのウォーリアースですら果たせなかった3連覇(2000、2001、2002)を達成したという事実だけでもその強さが伝わると思います。その中でも2001年は強かった (゚A゚;) ・・・。なんとプレーオフで1試合しか負けない15勝1敗の過去最高勝率を記録したのだ。
その1敗には別のスーパースターのドラマがあるので、別の記事で紹介します。
レイカーズのプレイスタイルは、「シャックにボールを預けてダンク」「コービーの1ON1」の繰り返しである。レイカーズはフィルジャクソンHCによるトライアングルオフェンスというシステムを採用していたのだが、これは、ストロングサイドで三人のプレイヤーが三角形を形成してスペーシングとボールシェアを行うシステムである。平たく言えば、ゴール下のシャックにボールを預けたら他のプレイヤーは離れて待機しましょう。というシステムである。
これが強い ( ´゚д゚`) 止められない・・・!
「どんなすごいプレイヤーがいても囲んじまえばおしまいだぜ。ゲへへ」と思う読者もいるかもしれませんが、当時のNBAはそれが難しかったのです。それは、
ゾーンディフェンス禁止だったのだ。
どういうことかというと、明確な1対1か明確な1対2しかディフェンス側には選択肢が無く、誰にもマークしない中途半端なポジショニングが許されないのだ。(これを犯せばイリーガルディフェンスといって一回目は警告。二回目から相手側にフリースローが1本与えられる。)つまり、ゴール下にいるシャック(人外)を一人で守らなくてはいけないのだウワァァ━━━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━━━ン!!!!
そう。無理ゲーである。
一人で止めるのは無理なので、ダブルチームに行くとコービーが暴れだす。ハイ無理です \(^o^)/
当時のコービーのタチが悪いところは、他のプレイヤーの事は無視して1ON1をするのだが、シャックにはパスを出すのだ。コービーとシャックはコート上ではお互いを信頼しており、息の合ったプレイをしていた。この当時は(2000-2002)・・・。
楽器買取専門店【楽器の買取屋さん】最短30分の無料の出張見積もり○コービーの成長と苛立ち
この三連覇の間にコービーブライアントは著しく成長した。実力はもちろんだが、人気がすさまじく、NBAでも1位、2位を争うスーパースターとして確固たる地位を築いていった。(コービーの人気にシャックが嫉妬しているとの噂もあった。)
しかし、コービーは苛立っていた。自分がいかに活躍してもレイカーズはシャックのチームなのだ(FMVPも全てシャック)。バスケにすべてを捧げ、オフシーズンでもジムに10時間以上こもって練習するコービーは、トレーニング不足で体重が増え続けるシャックがオフェンスのファーストオプションであることに納得がいかなかったのである。
後編に続く